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☆実践算命学・基礎レッスン192

 2015-01-01

 明けましておめでとうございます。
今回は、年が変わり、今年の運の大きな流れを考えてみましょう。

 年の始まりと言うのは、日付としては、今日の1月1日から世界中は2015年に入るのですが、
算命学を含めた、東洋の干支暦と言うのは、旧暦で考えますから、
一年の区切りは1月1日ではなくて、2015年は2月の4日の立春からが新年のスタートになります。

 そのために、寒暖として体感的には2月の寅月はまだ一番寒い季節になりますが、
天空ではすでに、春の兆しがある早春と考えて、春分が春夏秋冬の一年の始まりと言う事になります。

 この辺の感覚は慣れて欲しいのですが、例えば、申月を考えても8月というのは真夏なのですが、
これも、すでに、申月が金気を含むと考えて、初秋になります。

 こう言うふうに、日にちの換算として、実際の四季の感覚とはズレがあるために、
月を考える時には、最初から数字ではなくて、「十二支で月を考える癖」を付けると分りやすいと思います。

 この旧暦と言うのも、明治時代の半ばまでは普通に日常に使っていましたから、
今でも、賀状には、「新春のお慶びを申し上げます」と書くという、風習が残っていますね?
ちなみに、十二支と言うのは、時間を子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥と言う符号に
置き換えていますから、年月日も時間もすべて十二支で表せます。

 しかし、時間のカウントも現代とは違い、例えば、おばけが出るような時間帯として、
「草木も眠る丑三つ時」と言うのは、真夜中ですが、これも「丑の刻」と言って、だいたい午前2時から4時までで、
さらにその中を四等分して、「三つ時」ですから、2時から2時半の頃を表しています。
これも「丑」と言う時間ですね?

 そのために、西洋のカレンダーのように数字で考えないで、干支で時を考えるというのは、
いわばデジタルに対して、アナログの感覚になる訳です。

 こう言うふうに、今日の、2015年1月1日と言うのは、西暦では年が変わりましたが、
旧暦ではまだ、今日は、去年の甲午年の午どしと言う事になります。

 この干支暦の便利な所は、同じ暦でも、カレンダーは、毎年1月1日は同じ数字になりますから、
2015年の元旦も、2016年の元旦も、1月1日なのですが、
東洋の暦と言うのは毎年、変わる干支になる事によって、毎年の変化自体に
意味が入ってくる事になります。

 では、乙未年と言うのはどういう年周りになるか?と考えてみましょう。
乙木は草花でしたね?そして、未は夏の土用月ですから、この乙木は水枯れしていて潤いに欠けている所にいます。

 さらに、「未」の特色と言うのは、「木」に対してもう一本あるのが「未」ですが、
このプラス「一」はそれだけ、枝が多くなっている姿を意味しています。

 ですから、夏の未月と言うのは植物が繁茂していて、鬱蒼と茂っているために、中身が良く見えません。
これは、曖昧の「昧」にもなっているように、木々が鬱蒼としていて陽が行き届かないために、
中の方は暗いという意味でもあります。

 これが今年の乙未年と言う事ですから、要するに、今一はっきりしないという年になります。
しかし、乙木自体は、雑草が縦横無尽に伸びるように、柔軟性があり、しぶとさもあるんでしたね?

 さらに、去年までの甲木の樹木と言うのは、まっすぐ上に伸びて行く事しか
出来ないために、切り倒されると終わりですから、それだけ純粋で、正直とも言えるのに対して、
乙木と言うのは、雑草のように、少々切っても、いつの間にか又生えて来るという、
生命力の強さがある訳です。

 乙木の草木と言うのは、こういうふうに雑草を代表させる事が多いのですが、
人間にとっての一番大事な穀物も乙木で、コケやツタなども入ります。
お米は1粒ではご飯にならないし、芝生を考えても同じですから、乙木の本質は群れる訳です。

 そのために、協調性があるし、その誰とでも仲良く出来るという和合性と言うのはそれだけ、
妥協性も持っている訳です。

 甲木、乙木の木性の植物の違いを良く考えてみると、
甲木の樹木がたくさんある森や林と言うのも、実際には一本一本別々に生えているのに対して、
雑草と言うのは、実際には根っ子は1つでも、地上では、あっちこっちと横広がりに伸び広がっていますから、
高さはなくても、何に対しても手を伸ばせる訳です。

 こう言うふうに、干支自体をそのまま自然界の姿に置き換えて行く事によって、
そのまま今年の運に当てはめて行けば、その年の状態が出て来ますから、
十干の空間にある自然界の「もの」の意味と、十二支の「時間」の意味を自由に考えればよいのです。

 そうすると、現代のように世界が狭くなっていて、いろいろな国際的な困難がある情勢ですし、
国内も、まだ日本はもう少し動乱の世を通過して行きますから、自民党が圧勝したとは言っても、
解決しなければならない事は山積している訳ですね?

 その中で、乙未の今年の日本と言うのは、何とか、AがダメならばBに行ってみようかとか、
Bがダメならば、その裏側のB′を考えようか・・と言うように、
正面切って喧嘩をしないで、和合性を持ちながら、着々と世の中のもめ事に対して、
何とか妥協策を生み出して、しぶとく進む年になるでしょう。
と、こういうムードになります。

 そして、もう一つ干支の便利な所なのですが、
そういう日本の流れになっている中で生活している、人間一人一人も、共通の乙未を当てはめられるのです。
ですから、今年は何事も諦めないで、和合性を持って柔軟な発想力、妥協性も大事ですよ。
と言う事になります。

 こう言うふうに、地球上に人間が住んでいて、その中でいろいろな国があり、その国には国民がいるから、
国があるし、その国の中に生きている人間もすべて共通だからこそ、国の動向も関連して行く訳です。
こういうのがアナログ的な、融通が利く発想になるのです。

 ですから、世界中が乙未の気運になるという事は、
反対に言うと、一斉に根回しをしたり、駆け引きや、取引きが世界中で行われるでしょうし、
又、そうしなければならないような事が多いという事で、その流れは、
来年の丙火の太陽になって来ると、それが白日の下にさらされる事によって、
良くも悪くも表に出て来る・・・と、繋がって行く訳です。

 こういう考え方を基本として、さらに、それぞれの専門家の先生たちが、
やれ経済的にはどうだ?とか、災害などはどうか?と言うように、予測をして行くのですが、

 さらには、じゃあ、同じ干支が回った乙未の年には、何があったんだろう?と言うふうに、
過去の歴史の流れも参考にして行く事が出来ます。
干支は六十干支と言って、60個ですから、還暦と言うように60年ごとに同じ干支が回っているという事ですね?

 ですから、未どしと言うだけならば、12年前も未どしでしたが、さらに十干も乗せると、
60年周期になっているために、同じ未どし生まれの人でも、十干によって、さらに個性が違ってくる訳です。

 未どしは、辛未、癸未、乙未、丁未、己未と5種類ありますが、難しく考えなくても、
それぞれの十干の意味と、十二支の意味を足して行けば良いのです。
そして、今年の乙未と60年前の乙未では、当然、時代環境が違っていますから、
それぞれの専門分野によって、さらに詳しく今年の動向を示唆してくれる事も参考にすれば良いですね?

 この専門分野としては、算命学には、時代論と言うのがあって、
日本の趨勢は日本国憲法発布の年を基点にして、10年ごとの推移を予想して行くものがあります。

 これは、日本国だけの流れを見るものなのですが、
それで言うと、平和期と言って、世の中が安定して景気も良くなって行くのはもう少しですよ。
という所まで来ていますから、
今年は、発想を柔軟にして、工夫しながら、何事も粘り強く行きましょうね、
と言う事になります。
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